夏は怪談

この話は何となくそっち方面の流れになった時ちょくちょく話してるんで、既にお聞き及びの方も多いかとは存じますが。<(__;>

かつて父は大戦機マニアで、居間の書棚は幾段幾列にもわたって1/72の各国軍機が翼を並べ、天井からは1/32が吊り下げられって具合でそりゃもう「すごいこと」になっておりました。自分もそれに感化されるところ大でしたが、P-51あたりはともかく零観に夢を乗せた小学生ってのはちょっとイってたよね、やっぱり (^^;
人格形成期のその種の体験ってのは後々まで響くもので、今に至る陸式蔑視もやはり根はここにあるんじゃなかろうか。

だがしかし

父の空軍が威容を誇った期間は、実はさほど長くはなかったんであります。
母は「信念の人」でかつキれ易いと云う大変厄介な人物で、スイッチが入ると徹底するのは良いんだけどややもすると極端に走る傾向があり、「よくわからない」ガラクタが居間を埋め尽くしとうとう溢れ出さんばかりになった時、核のボタンは押されました。

ある日の夕方家に帰ってくると、朝は今まで通り燦然と輝いていたウォーバーズが初めからそこに何もなかったかのようにきれいさっぱり姿を消した居間で、げっそりと疲れきった父が虚ろな目で笑点を観ていたのです。
そのショッキングの一言で片付けるにはあまりにもショッキングな光景は、それこそ後々まで影を落とすことになります。


ともあれそれから10年余の後、父は興味の対象を天体望遠鏡に見出していました。
念願の持ち家をゲットし自分の作業間も備え万全の体制を整えて臨んだ結果、8畳の和室には太いのや細いのや何やかやで自作の望遠鏡が所狭しと並び、足の踏み場にも困るようになったのですが・・・世は正にバブル景気の真っ只中、歴史あるベッドタウンだった近隣にも戸建てやアパートが建ち並び始めたのであります。
でかい望遠鏡を作った反面その移動手段には事欠く有り様でしたから、観測点はもちろん自宅の庭先。いい歳こいたオッサンが、真夜中に住宅街のど真ん中で馬鹿でかい望遠鏡にカメラくっつけてやることと言えば・・・かくして核弾頭は再び投下されました。夜中の住宅街で庭先に「望遠鏡」が有る事が問題なのであり、対物レンズがどこを向いているかは関係ありません。一号望遠鏡からさほどの時日を経ず、ある日を境に技術屋だった父の知恵と汗の結晶は姿を消したのであります。


更に数年の後、今度はステレオセットが和室に並び始めました。
とは言っても例によって自作派で、どこかから板切れやスピーカユニットの類いをかき集めてきては珍妙な形態の「オブジェ」をこしらえるといった具合で、もちろん音は鳴るんだけどどれがどう違うのかは素人の自分にはさっぱり (^^;

それなりの音量を出せばそれなりの違いが出てくるのかもしれませんが、問題は狭小な住宅街の中で特にオーディオルームとして作られたわけでもないただの和室でそんなことをやったらどうなるか。もちろん父もそこまで技術バカではないので遠慮しいしいクラシックを鑑賞していた次第でしたが、気になりだせば蚊が飛ぶ音だって鬱陶しくて人を殺す原因になるんです。既に二度の被爆を目の当たりにした我々子供一同もそのうちにこれはヤバいと感じ始めましたが、当の本人もこの時は一定の満足を得たらしく、また次の興味の対象を見つけた事もあってかスピーカの増殖には一旦歯止めがかかりました。


今現在父はクラシックカメラの蒐集に力を入れているようです。
ライカやローライのような定番はもとよりトプコン、ミランダ始め今の我々には馴染みのないようなブランドまで、どこで見つけてくるのか(注:オークションは使っていません)いつの間にかコレクションに加えています。かつて自分が写真を学んだ(?)Nikomat FTもその中に有りますし、X-700はそこから出てきた可動品でした。F3も以下同文。
技術屋をリタイヤした今、そういった品々を揃えつつ、近代カメラ技術史を主に工業デザインの視点からまとめて本を出すつもりだそうですが。

これら「ガラクタ」が並べられているのは、かつて父の空軍が翼を揃えていたあの本棚。
いい加減窮屈になって、別の置き場所が要りそうな様子。

そう言えば近頃、無闇に蒸し暑くて鬱陶しい日々が続きますね・・・

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